サイクリストとして知っておきたい、AeTとカーディアック・ドリフトについての基礎知識 ~パワーと心拍数の関係から、有酸素持久力のベースが構築できたかを判断する方法~

【LSD】【冬のトレーニング】【立ち読み版】2019年2月9日 00:15

 

■有酸素性作業閾値(AeT:Aerobic Threshold)とは?

AeTは、LTよりもかなり低い運動強度ですが、レースに勝つためには同じくらい重要です。AeTでの運動強度は、メイン集団で巡航している時と同程度です。有酸素系の体力が優れていると、先頭集団で何時間も楽に走行でき、レース戦術用語で「マッチを燃やす」と呼ばれるかなり高強度のインターバルがかかった時にも対処できるだけの余力を残しておけます。

AeTは、実験室では正確に特定できません。しかし「中程度と感じる強度で呼吸がわずかに深くなる」という生理学的な特徴があります。心拍数でいうと、AeTは心拍数ゾーン 2に該当します(心拍数によるトレーニング・ゾーンについては次章で取り上げます。ゾーン 2はかなり低い強度です)。体調がよければ、この心拍数でもかなりのパワーを出せます。また AeTは、しっかりと休養をとったかどうかで、日によっても変化します。LTと同様、AeTでも、フレッシュな時は、疲れている時よりも大きなパワーを出せます。

LTでの運動強度はかなり高いので、心拍数が相当に高くなる前に「疲労によって自然に運動強度を下げさせよう」とする働きが生じます。しかし、運動強度の低い AeTの場合はそうはなりません。AeTでのトレーニングでは、モチベーションが高いと、疲れていても「さらに追い込もう」としてしまう場合もあります。このため AeTでは、心拍計やパワー・メーターに注目するのと同じように、疲労の程度にも意識を向けることが大切です。

AeTゾーンでのトレーニングは、基礎期で重要になる「有酸素持久力の土台作り」に最適です。基礎期のトレーニングでは毎週、AeTでのメニューに多く取り組むようにします。

 

■カーディアック・ドリフトとは?

まず、すでに紹介した運動強度のコンセプトである「有酸素性作業閾値(AeT)」「心拍数」「パワー」について復習しましょう。自転車競技に本格的に取り組む人にとって、AeTでのトレーニングが十分に行われていること、つまり「体力の基礎となるピラミッドの底辺ができているか」を確認することが重要です。そのため、心拍数とパワーに注目し、この 2つが「カーディアック・ドリフトを起こさないか」を確認します。

カーディアック・ドリフトとは、パワーを維持しているにも関わらず、心拍数が上昇していく現象で、有酸素能力が十分なレベルに達している場合は最小限に留まります。では、基礎期の終盤に有酸素系の体力が向上したかの判断に使える、最新の方法を紹介します。

 

■カーディアック・ドリフトの度合いの計算方法

心拍計とパワー・メーターをつけ、AeTで走行します。次にデータをアップロードし、走行中の AeTにあたりる部分を 2つに分け、それぞれの平均パワーを平均心拍数で割ります。次に前半の割合から後半の割合を引き、その差を前半の割合で割ります。これで、AeTの「パワーと心拍数の割合」の前半と後半での変化率がわかります。計算方法の一例を示します(カーディアック・ドリフトの計算ツールはこちら→リンク)。

 

AeTでの走行の前半

  • 平均パワー:180W
  • 平均心拍数:135bpm
  • 前半のパワーと心拍数の割合(180 ÷135)= 1.33

 

AeTでの走行の後半

  • 平均パワー:178W
  • 平均心拍数:135bpm
  • 後半のパワーと心拍数の割合(178 ÷135)= 1.28

 

カーディアック・ドリフトの度合い(パワーと心拍数の割合の変化率)

  • 前半の割合-後半の割合(1.33-1.28)= 0.05
  • 差を前半の割合で割る(0.05 ÷1.33)=約 0.038
  • カーディアック・ドリフトの度合い※:3.8%
    ※パワーと心拍数の割合の変化率

 

■カーディアック・ドリフトの実例

この例のように、パワーと心拍数の変化が 5%未満であれば、「ずれが少ない」と見なせます。この時、パワーと心拍数を表すグラフの線は、図 4.5のようにほぼ平行になります。これは、カーディアック・ドリフトが起きにくい、よい状態に仕上がっていることを示しています。

カーディアック・ドリフトの実例:カーディアック・ドリフトの度合いが少なく、よい仕上り状態

 

しかし、変化率が 5%を超えているようであれば「ずれが大きい」といえます(図 4.6)。AeTでの走行区間のデータを全体的に見た時、パワーと心拍数のグラフの線が平行でない場合は注意が必要です。そういったケースでは、カーディアック・ドリフトの度合いから、基礎体力が低いレベルに留まっていると判断できます。

図 4.6を見ると、AeTでの走行区間の前半しかパワーと心拍数のグラフが平行ではありません。後半で心拍数が一定なのにパワーが低下しているということは、ロング走で必要な有酸素系の体力が不足していることを示しています。

カーディアック・ドリフトの実例:カーディアック・ドリフトの度合いが大きく、有酸素持久力のベースが不足している

カーディアック・ドリフトの度合いが大きく、有酸素持久力のベースが不足している

 

■基礎期、強化期における取り組み方

AeTでのカーディアック・ドリフトを確認するには、「一定の心拍数を維持し、パワーの変化をチェックする方法」と「一定のパワーを維持し、心拍数の変化をチェックする方法」の 2つがあります。一般的には、基礎期では心拍数を一定に保ち、強化期ではパワーを一定に保つとよいでしょう。

基礎期のはじめには、AeTでの走行を 20~ 30分から始め、週ごとに増やしていきます。基礎期中はこの練習を週に 2回行います。心拍数とパワーの「ずれが少ない」状態を維持しながら、AeTで 2時間走れるようになれば、「AeTでの体力が十分なレベルに達した」考えてよいでしょう。これで、基礎期の第 1目標の達成です。筋力とスピード・スキルも向上したと考えることができるので、筋持久力の強化、無酸素持久力、スプリント・パワーなどさらに高度な練習に取り組む準備が整ったことになります。

強化期は、AeTでの走行を 2週間おきに行い、持久力を維持する必要があります。

パワー・メーターを持っていなくても、心拍計があれば、AeTでのトレーニングを行えます。主観的運動強度を厳格に適用し、有酸素持久力を判断します。練習を積むにつれて、AeTでの心拍数でも運動が楽だと感じられるようになるでしょう。あるコースを同じ心拍数で走った時に、これまで以上に速く走れるようになっていることに気づくはずです。

 

 

  • 記事出典:ジョー・フリール著・児島修訳・『サイクリスト・トレーニング・バイブル』・(OVERLANDER株式会社)・P59及びP89~92の抜粋
    ※本件記事用に、本文を一部加筆修正しています。