エコノミーを確実に、急速に伸ばすために守らなければならない3つの原則 (テクニック)【TTB】

【ペダリング・ポジション・スキル】【立ち読み版】2014年1月21日 05:45

テクニック

■エコノミーを確実に、急速に伸ばすために守らなければならない3つの原則

 

■エコノミー

1969年、オーストラリアのデレク・クレイトンはその後1981年まで破られなかったマラソンの世界最高記録、2時間8分34秒を打ち立てました。しかし驚くべきことにクレイトンのVO2maxはわずか69.7ml/kg/分(体重1kgあたり1分間に利用できる酸素量)だったのです。これは、世界の一線級の選手から見れば、歩行者とも言える値であり、同じころに活躍したほかの選手に比べ、かなり見劣りのするものでした。例を挙げると、クレイグ・ヴァージンが81.1、ゲーリー・タトルは82.7ml/kg/分、ドン・カードンは77.4ml/kg/分、ビル・ロジャースは78.5ml/kg/分です。ところが、はるかに優れた「エンジン」を持つこれらの選手のなかで、クレイトンの記録に迫るタイムを出すことのできた選手はいませんでした。クレイトンの成功は、その動きのエコノミーによるものだったのです。つまり彼は、ほかの選手よりもエネルギーのロスが少なかった、というだけのことです。

エコノミーというコンセプトは重要です。優れた有酸素運動能力を授かって生まれていなければなおのこと大切です。デレク・クレイトンの例に倣い、スイム、バイク、ランの経済的な動きを身につければ、パフォーマンスを向上させることができるのです。

 

■エコノミーを理解する

エコノミーとは、ある一定レベルでの動きの効率性のことです。余分な動きをせずに一定の運動を行うことができれば、それを効率的または経済的と言います。効率的な動作のできる選手が、できない選手よりも速い、ということ自体は、理にかなっています。しかし、それだけではありません。経済的な動きをする選手はストライドごと、あるいはストロークごとの筋肉の収縮が少ないため、一定の距離を移動するときに利用する酸素量が、経済的でない選手に比べ、少なくて済むのです。よって、マルチスポーツにおけるエコノミーは、「スイム、バイク、ランにおける酸素消費量」と定義づけることができます。

酸素消費量は、エネルギーの燃焼量を示す間接的な指標であり、エコノミーは動作との関連から見たエネルギー消費のものさし(自動車の燃費効率と同じ)ですので、1人の選手がさまざまな速度でどれだけの酸素を消費するかがわかれば、その選手のエコノミーがわかるのです。しかし、1つの種目のエネルギー燃焼効率は必ずしもほかの種目の燃焼効率と同じとは限りません。ランのときは小型の低燃費車でも、バイクでは「ガソリンをよく食う車」になってしまうことはあり得ます。

選手は経済的であればあるほど、一定の運動強度で移動できる距離は長くなります。例えば、現在1km5分ペースのランニングでの酸素消費が50ml/kg/分だったとします。しかしトレーニングをすることによってエコノミーが2%向上したとします。そうなると、キロ5分ペースのランニングを49ml/kg/分の酸素消費で行えることになり、楽に感じるようになります。もしくは、酸素消費が50ml/kg/分で同じだったとしても、ペースが4分54秒、つまり1kmあたり6秒速くなることになります。10kmのランニングに換算すれば、1分の記録更新になります。ですから、エコノミーがわずかに変化するだけで、パフォーマンスは劇的に変わるのです。

さらに、レースが長くなるほど、エコノミーの意味が増すことも付け加えなければなりません。スプリントディスタンスのレースではエネルギーを浪費しても、距離が短いため、なんとか切り抜けることができます。「とにかく押し通す」ことができるからです。しかし、アイアンマンディスタンスでこのようなことはできません。エネルギー消費率の良し悪しは、自己ベストを出すか、DNFに終わるかの分かれ道となることも多いからです。

エコノミーの高い選手は、スイム、バイク、ランが楽なものに見えるので、たいていの場合、見分けるのは簡単です。なかでも水泳は特に簡単です。水は空気よりも密度が高く、余分で無駄な動きを強いられるからです。優れたスイマーは水の中を滑り抜けるようにして泳ぎます。このようなスイマーは楽に泳いでいるように見えるので、ラップタイムを見てその速さに驚くこともあるでしょう。同じように、エコノミーの低いスイマーは、手足をばたつかせ、もがき苦しんでいるがよくわかります。

しかし、エコノミーは単に力学の問題ではありません。さらに小さなファクターが影響しています。たとえば、遅筋線維を多く持って生まれた持久系運動選手は、速筋線維の多い選手よりもエコノミーがいくらか高いことが、科学研究によって明らかになっています。体の大きさも影響します。一般的に、体の小さな選手は大きな選手よりもエコノミーに優れています。こうしたファクターは自分では変えられません。しかし、このほかの条件のなかには、自分でコントロールすることにより、エネルギーの消費効率を向上させることのできるものもあります。例えば、

  • 体重
  • 心理的ストレス
  • 機材・用具(自転車やランニング・シューズなど)の重さと形
  • 水や風の抵抗を受ける前方投影面積
  • テクニックの微妙な差異

などがそうです。

 

■エコノミーを向上させる

上に挙げた条件のうち、最後のテクニックの微妙な差異については、さらに説明しなければなりません。スイム、バイク、ランのエリート選手は総じてエコノミーに優れています。したがって、自分の動作パターンを意識して改造し、エリート選手の動作パターンに似せれば、エネルギー利用効率が向上することもあります。しかし、科学研究が行われても、テクニックの改造はたいていプラスにならない、という結論に至ることがほとんどです。ただ、エコノミーの研究で行われるテストは、いずれも誤解を生む可能性のある方法で行われている、ということも知っておかなければなりません。被験者一つをとってもそうです。このような研究の被験者はほとんどが大学生です。つまり研究の期間は大学の学期の長さと同じにしなければならないということです。また、与えられたトレーニングをやり遂げようとする被験者のモチベーションでも結果は異なるでしょう。エコノミーに影響を与える可能性のある動作の変化に体が適応したかどうかは、何ヵ月か経たないと十分にはわかりません。なぜならば、神経系と筋肉の適応が時間をかけ多数発生してはじめて、測定可能なまでに向上が顕著になるからです。このような適応期間の最初では、むしろエコノミーは悪化することもあります。

エリート選手であってもエコノミーを高められることは、彼らの実績からわかります。そのいい例が、1980年代に活躍した米国のスティーブ・スコット選手です。彼は競技キャリアの頂点で米国の1マイル記録を樹立しましたが、それはエコノミーを5%も飛躍させた結果だったのです。

自分のエコノミーを確実に、急速に伸ばすためには、3つの原則を守らなければなりません。最初の原則は、新しいテクニックを何度も練習するということです。もしスイムのテクニックを修正する必要があれば、週1度プールに入るだけでは不十分です。おそらく等間隔で週3回、プールに行く程度のトレーニングは最低限必要であり、それより多ければさらによいでしょう。2番目の原則は、新しいテクニックを比較的遅い速度で一旦マスターできたら、それを目標レースペースで定期的に練習するということです。レースペースでのレペティションは約20~30秒間ときわめて短い時間に抑え、新しいテクニックに集中して、疲労が練習の邪魔にならないようにします。

そして、最後の原則がおそらく一番重要です。それは、複雑なテクニックを身につけるには、理想的な動作を一旦、動き易いように細分化し、それを個別にマスターしてから徐々に複雑な動きに統合する、という原則です。つまり、新しいテクニックの習得にはドリル練習が必要だということです。基本的にドリル練習では、神経系を鍛えていることになります。活性化が必要な筋肉にシグナルを正確に伝達するため、ベストの伝達経路を選べるようにするのです。新しいテクニックを頻繁に用いるほど、神経系の働きが向上し、理想とする動作パターンがうまくできるようになるのです。このプロセスは開けた土地に1本の道を作ることに例えられます。もし大勢の人が同じ近道を頻繁に行き来すれば、そこに1本の道ができます。同じことは大学のキャンパスでも見られます。学生たちは脇に歩道があっても、そこを通らずに広々とした芝生を横切り、「経済的な」経路を作ってしまうのです。彼らは目的地までの距離を縮めるために急ごしらえの道を歩きます。運動においても同様です。より経済的なテクニックを身につけることは、脳と筋肉のあいだの近道を作り上げることなのです。

いっぽう、不適切な動作パターンを繰り返すと、ドリルで作ろうとしている脆い経路は破壊され、悪癖が身についてしまいます。新しい技術をしっかりと身につけるには、古い動作パターンを忘れ、新しい動作パターンに集中することが大切です。最初のうちはパフォーマンスの低下やフラストレーションからは逃れることができないでしょう。これは最終的には向上するための通過儀礼だと覚悟しなければなりません。新しい技術の習得にもっとも適したトレーニング期は、準備期、基礎期の初期ですが、思い立ったが吉日、とも言えます。

 

※この記事は、『トライアスリート・トレーニング・バイブル(TTB)』篠原美穂訳・OVERLANDER株式会社(原題:『THE TRIATHLETE'S TRAINING BIBLE 3RD EDITION』ジョー・フリール著・velopress)の立ち読み版のランダム掲載分です。『トライアスリート・トレーニング・バイブル』は、『サイクリスト・トレーニング・バイブル(CTB)』の著者であるジョー・フリール氏による、トライアスロン教本の世界的ベストセラーの日本語版です。■

 

著者紹介

ジョー・フリール

ジョー・フリールは、Training Bible Coachingの創設者かつ代表者であり、本書で紹介しているコーチング哲学・メソッドを学び応用している、世界中の持久系競技の指導者とともに活動しています。Training Bible Coachingには、トライアスロンを趣味とする人からエリートトライアスリート、サイクリスト、マウンテンバイク愛好者、ランナー、スイマーまでと、幅広い層とさまざまな競技のアスリートが登録しています。

フリールのコーチ歴は長く、1980年から持久系アスリートの指導にあたってきました。彼が指導した選手は、初心者、トップアマチュア、プロ選手とさまざまです。なかにはアイアンマンレースの優勝者、米国内外のチャンピオン、世界選手権代表、そしてオリンピック代表もいます。

彼の著書は本書以外に、『サイクリスト・トレーニング・バイブル』(OVERLANDER株式会社)、『Cycling Past 50』、『Precision Heart Rate Training』(共著)、『The Mountain Biker's Training Bible』『Going Long: Training for Ironman-Distance Triathlons』(共著)、『The Paleo Diet for Athletes』(共著)、『Total Heart Rate Training』『Your First Triathlon』があります。また、VeloPress社のビデオ『Ultrafit Multisport Training』シリーズの編集者でもあります。フリールは運動科学の修士号を取得しており、上級コーチの有資格者でもあります。米国トライアスロン指導者委員会においては、その設立に携わり、会長を2期にわたって務めました。

フリールは、雑誌『Inside Triathlon』、『Velo News』のコラムを執筆するかたわら、米国以外の雑誌やウェブサイトにも特集記事を寄稿しています。持久系競技のトレーニングに関することがらについて、実に幅広いメディアから意見を求められており、『ニューヨーク・タイムズ』『アウトサイド』『ロサンゼルス・タイムズ』のほか、『Vogue』誌にまで紹介されています。

フリールは、持久系アスリートのトレーニングやレースについて、世界中でセミナーやキャンプを行い、フィットネス産業や政府機関のアドバイザーとしても活躍しています。

エイジグルーパーとしてのフリールは、コロラド州マスターズ選手権優勝、ロッキーマウンンテン地区、サウスウェスト地区のデュアスロンエイジ別優勝、全米代表チーム入り、世界選手権出場と、輝かしいキャリアを誇ります。サイクリストとして米国の自転車レースシリーズにも参加しています。フリールへのご質問やご意見は、ウェブサイト www.trainingbible.comで受けつけています。

 

訳者紹介

篠原 美穂

慶應義塾大学文学部 (英米文学専攻 )卒業、翻訳士。ほかの訳書に『アドバンスト・マラソントレーニング』、『ダニエルズのランニング・フォーミュラ』(ともにベースボール・マガジン社)がある。