パフォーマンスを支える「エネルギーの源」──アスリートにとっての炭水化物とグリコーゲン

【サプリ・食事・補給】【速くなるためのヒント一覧】2025年7月17日 18:00

スポーツにおいて、トレーニングや機材と同じくらい重要なのが「栄養」である。なかでも「炭水化物(Carbohydrates)」と「グリコーゲン(Glycogen)」は、アスリートにとって根本的かつ決定的なエネルギー源であり、その摂取量とタイミングは、パフォーマンスの成否を大きく左右する。本稿では、炭水化物とグリコーゲンの役割、摂取の指針、そして近年の研究知見をもとに、アスリートが知っておくべき基本事項を整理した。

 

■なぜ「炭水化物」が必要なのか──高強度運動におけるATPの供給メカニズム

炭水化物は、運動中に体が最も効率的に使える「速効性」のエネルギー源である。特にVO2maxの50~60%を超えるような運動強度においては、脂肪ではATP合成に必要な速度に追いつかず、結果的にグルコースの酸化(燃焼)がメインとなる。

この現象は、持久系競技における実測データでも裏付けられている。サイクリングやランニングのレースペースでは、炭水化物の利用量はおおむね2~3g/分の範囲に及ぶ。この高い需要に応じるには、運動前に十分なグリコーゲンを蓄積し、かつ運動中も適切なタイミングで補給することが欠かせない。

 

■グリコーゲン──「限られた貯金」としてのエネルギー備蓄

グリコーゲンは、炭水化物が筋肉や肝臓に蓄えられた形であり、運動時にはその備蓄を取り崩してエネルギーを賄う。とはいえ、この備蓄には限界がある。体内の炭水化物のうち約80%が筋肉、14%が肝臓、6%が血中グルコースの形で存在し、筋肉内のグリコーゲン量はおよそ300~400g、肝臓では70~100g程度に過ぎない。

一見十分に思えるが、実際にはレースや高強度トレーニングではあっという間に枯渇する。加えて、安静時の骨格筋は全身のグルコース利用の15~20%程度に留まるが、VO2maxの55~60%での運動時には、その割合が80~85%にまで跳ね上がる。したがって、グリコーゲンの枯渇はパフォーマンスの急落を招くだけでなく、回復や次のトレーニングの質にも悪影響を及ぼす。

 

■「低炭水化物食」のリスク──筋肉は自らを削ってエネルギーを作る

近年、一般社会では「炭水化物制限=健康的」というイメージが広がっている。だが、アスリートにとっては、この風潮が明確なリスクとなる。

炭水化物の摂取不足は、当然ながらグリコーゲンの蓄積量を減少させる。そして、それが続くと、体は代替エネルギー源として筋肉中のタンパク質やアミノ酸を分解し、グルコースを生成し始める(糖新生)。この代謝経路が継続されると、筋肉の損傷が進行し、トレーニングの継続どころか、慢性的なオーバートレーニング症候群に至る危険すらある。

実際、研究データでは、筋グリコーゲンの低下と筋肉の損傷・回復遅延との関連性が明確に示されている。つまり、炭水化物を制限することで「筋肉が自らを食べる」という異化的なサイクルに入りかねないのだ。

 

■競技時間と強度に応じた「補給戦略」の設計

競技中の炭水化物摂取については、既存のガイドラインとして「1時間あたり30~60g」が一般的とされてきた。しかし、耐久系、特に4時間を超える超耐久系のレースではこの基準では足りない。

研究室レベルの実験と、実戦でのデータに基づけば、4時間以上のイベントにおいては「1時間あたり80~100g」の炭水化物摂取が望ましい。実際、2010年にGarmin Pro自転車チームがこのプロトコルを導入し、ツール・ド・フランスでの好成績と消化器トラブルの減少という成果を挙げている。

ただし、このような高負荷の摂取を成功させるためには、異なる吸収速度・グリセミック指数(GI)を持つ複数種類の炭水化物を組み合わせて摂る必要がある。単純糖質(例:グルコース、果糖)と複合糖質(例:マルトデキストリン)の適切なブレンドが、吸収効率とGIトラブル回避の鍵となる。

 

■筋グリコーゲンの維持は回復だけでなく、トレーニングの継続にも直結する

筋グリコーゲンの維持は、単なるエネルギー供給の問題に留まらない。十分なグリコーゲンがあってこそ、筋タンパク質の分解を抑え、トレーニング後の回復をスムーズに進めることができる。

また、筋肉が損傷を受けると、グリコーゲンの再合成能力そのものが低下するという報告もある。つまり、一度でもグリコーゲンが枯渇したままトレーニングを強行してしまうと、その後の栄養補給が効きにくくなり、回復サイクルが破綻する。オーバートレーニングの兆候が出てから食事に気を配っても、すでに遅い場合がある。

 

■日常の炭水化物量も「活動量」に応じて調整を

1日あたりの炭水化物摂取量は、トレーニングの「量」と「質」に応じて調整すべきである。たとえば1日1時間程度の低強度トレーニングしか行わないレクリエーション層が、プロレベルの炭水化物量を摂れば、脂肪として蓄積されてしまう可能性が高い。

逆に、複数時間におよぶ高強度トレーニングを継続する選手にとっては、1日に数百グラム単位での炭水化物摂取が「必要条件」となる。活動レベルに応じた補給戦略が求められる。

 

■実際のアスリートは「炭水化物中心」で勝っている──ケニア選手の例

科学的根拠だけでなく、トップレベルのアスリートの食生活も炭水化物の重要性を物語っている。ケニアのエリートランナーたちは、食事の76.5%を炭水化物で構成し、何十年にもわたって国際大会での優勝を重ねてきた。

こうした実例が示す通り、炭水化物は単なる「補助燃料」ではなく、トップパフォーマンスの土台である。栄養は技術や体力と同じく、「勝つための要素」のひとつといえる。

 

炭水化物とグリコーゲンの重要性は、もはや疑う余地がない。特に高強度や長時間のトレーニングを行うアスリートにとって、それらの管理はパフォーマンスの基盤であると同時に、回復や怪我予防の面でも決定的な要素となる。

そして重要なのは、こうした知識を「実践レベル」に落とし込むことだ。すなわち、自身のトレーニング内容と運動時間に応じて、必要な炭水化物の量と摂取タイミングを調整すること。そのためにも、日々の記録や主観的な疲労感に敏感になり、食事とパフォーマンスの関係性を「自分のデータ」で捉える姿勢が期待される。

もし思うようにパフォーマンスが伸びない、または疲労感が抜けない場合は、炭水化物の摂取を疑ってみる価値があるかもしれない。その上で、必要に応じて栄養士やスポーツドクターなどの専門家の意見を仰ぐのが望ましい。

 

参照URL

https://www.trainingpeaks.com/blog/the-importance-of-carbohydrates-and-glycogen-for-athletes/