AeT ── 有酸素トレーニング閾値とは何か?

【FTP・LT・VO2max】【LSD】【冬のトレーニング】【速くなるためのヒント一覧】2025年7月19日 06:29

基礎期のトレーニングで重要とされるAeT(Lactate Threshold 1・LT1)強度。その位置づけは「有酸素的なベースを築く」といった曖昧な表現にとどまることが多い。しかし、AeTは実際のところどのような意味を持ち、どのように測定し、どのように活用すべきなのか。本記事では、AeTの定義、測定法、意義、そして応用方法について、整理する。

 

■AeTとは何か──定義と背景

AeTとは、運動中に血中乳酸濃度が静止時のレベルからわずかに上昇し始める強度を指す。多くの場合、血中乳酸濃度が約2mmol/Lに達するポイントをAeTと定義する。これは厳密な閾値というよりも、代謝的な変化の兆候を示すマーカーと捉えるべきである。

乳酸はグルコースの代謝過程における副産物であり、安静時や低強度の運動では乳酸の産生と除去が釣り合っているため、血中濃度はほぼ一定に保たれる。しかし、強度が上がるにつれ、乳酸の産生が除去を上回り始める。その最初の転換点がAeTだ。

 

■測定方法とその課題

AeTを特定する一般的な方法は、段階的な運動試験中に採血を行い、血中乳酸濃度をプロットすることだ。2mmol/Lに達する時点、あるいは乳酸濃度がベースラインより0.4mmol/L上昇した点など、定義にはいくつかのバリエーションがある。

このアプローチの問題点の第一は、測定には採血が必要となり、実施の手間とコストが高い点。第二に、乳酸濃度は測定誤差や日々の生理的変動の影響を受けやすく、安定した指標として活用するには限界がある点。加えて、2mmol/Lという絶対値が全ての選手に適切とは限らないという点だ。つまり、個々のベースラインや動態を重視した解釈が必要になる。

 

■AeTと代謝の関係性

AeTの意義は単なる数値的な指標にとどまらない。AeTは脂質代謝から糖質代謝への移行点を示すとされ、有酸素能力の象徴的な存在でもある。特にエリートアスリートにおいては、AeTが極めて高いパーセンテージのVO2maxで発現することが確認されており、代謝的な効率の高さを裏付ける。

この転換点を境に、エネルギー供給の主軸が脂質から糖質へとシフトし始める。すなわち、AeT以下の強度では脂質酸化が優位となり、持続的な運動に適した代謝プロファイルとなる。したがって、AeTを押し上げることは、脂質代謝の向上および持久力全般の底上げに直結する。

 

■トレーニング強度設定におけるAeTの役割

AeTはトレーニング強度のゾーニングにおいて、L1とL2を分ける境界として活用される。AeT以下の強度(L1)は回復走やコンディショニングに適し、AeT付近~やや上の強度(L2)は有酸素能力の強化に用いられる。

ここで重要なのは、「AeT直下の強度は“楽すぎて効果がない”」といった誤解にとらわれないことだ。むしろ、AeTを超えない範囲でのトレーニングは、酸化系の酵素活性やミトコンドリア密度の向上など、代謝基盤を高めるのに適している。長期的な観点では、この強度帯での蓄積がパフォーマンスの礎となる。

 

■AeTの変動要因とモニタリング

AeTは固定された閾値ではなく、トレーニング状況や体調によって変動する可塑的な指標といえる。トレーニングの蓄積や疲労状態、栄養摂取状況、あるいは前日の睡眠によっても変化する。

このため、定期的な再評価や、主観的な身体感覚との併用が推奨される。心拍数や主観的運動強度(RPE)、さらには呼吸の変化や会話テストといった非侵襲的なモニタリング指標も有用となる。血中乳酸の測定が現実的でない場合でも、複数の指標を総合してAeTの位置を推定する姿勢が求められる。

 

■実践への応用と注意点

AeTは、単なる「低強度」の指標ではなく、戦略的な基礎構築の鍵といえる。持久系競技者にとって、AeT以下の強度での長時間トレーニングは、脂質代謝能力の強化に加え、筋損傷リスクの低減、回復促進といった複合的なメリットが期待できる。

一方で、慢性的にこの強度に偏りすぎたトレーニングは、FTP(L4)やVO2max(L5)といった高強度側の刺激が不足し、全体のパフォーマンス向上を妨げる可能性もある。つまり、AeTを活用するには、全体設計の中での位置づけも大切になる。

また、季節やトレーニングフェーズによって、AeT強度の占める比重は変えること望ましい。基礎期には全体の6~7割をAeT以下で構成することが推奨されるが、強化期以降はその比率を意図的に減らす必要がある。

 

AeTは、軽視されがちだが重要なトレーニング指標といえる。その測定と活用は一筋縄ではいかない面があるものの、代謝の転換点としての性質を理解し、適切に運用すれば、長期的な持久力の向上が期待できる。他方、AeTという指標もまた、数値ではなく身体感覚と対話する一つの「ツール」に過ぎない。現場で活用する際は、身体の声に耳を傾けながら、柔軟に適応させていくことが大切といえよう。