FTPの「上限パッケージ」 ~パフォーマンス停滞の誤認を回避するための視点~
パワーメーターの普及は、自身の成長を数値で追うことを可能にした。しかし、競技歴が長くなるにつれ、機能的作業閾値パワー(FTP:Functional Threshold Power)が全く向上しなくなり、「自身の生理的な才能の上限に達した」と絶望感を抱くようになる競技者は少なくない。だが、FTPの停滞を生理的な能力の限界と直結させるのは時期尚早であることが多い。実際のレースで勝敗を分けるFTP辺りでのパフォーマンスは、単一の指標ではなく、複数の要素が複合した「上限パッケージ」として機能する。本記事では、近年の研究結果を参考にして、FTPの停滞という現象を正しく解釈し、次なる成長へ繋げるための情報を整理した。
■「FTP」という基準の限界──プロトコルに依存する推定値
トレーニングやレースにおける指標としてく用いられるFTPは、20分間のタイムトライアル結果に0.95を掛ける手法や、ランプテストから算出される推定値(eFTP)など、測定プロトコルに強く依存している。これを体内に存在する「唯一の真の閾値」と盲信することが、停滞を天井と錯覚する第一の要因となる。
研究においては、FTP付近の境界線を定義するその他指標として、最大乳酸定常値(MLSS:Maximal Lactate Steady State)やクリティカル・パワー(CP:Critical Power)がある。これらはしばしば混同されるが、パワーで評価した場合にCPはMLSSよりも高めに出る傾向があり、個人差も大きいため単純な互換性はないとの指摘がある。
■停滞を誤認する要因──その他指標のズレと「維持できる時間」の差
停滞の誤判定を招く代表的なパターンとして、FTPのその他指標とのズレが挙げられる。20分テストの数値がMLSSと一致しないケースや、トレーニングによってMLSSが改善してもFTPが変動しないケースが報告されている。つまり、生理学的な能力(MLSS)は向上しているにもかかわらず、FTPという基準がその変化を捕捉できていない可能性が存在する。
さらに実戦で決定的な差を生むのが、同じFTPであっても「その強度を維持できる時間(TTE:Time to Exhaustion)」が異なるという点である。ある研究では、維持できる時間の中央値が、レクリエーション層で35分、トレーニング層で42分、高度なトレーニング層で47分、プロレベルで51分と、競技レベルに応じ伸びるとの報告がある。
FTPの数値が伸び悩んでいても、その維持できる時間であるTTEが長くなれば、レース後半の登坂や集団内での位置取りにおいて有効な「粘り」としてパフォーマンスが向上する。これはロードレースにおいて明確な競技力の向上といえる。
■第4の要因「Durability(デュラビリティ:耐久力)」
数時間に及ぶロードレースにおいては、スタート直後に測定されたVO2max(VO2max)やFTPがいかに高いかだけでなく、疲労蓄積に伴うパフォーマンスの低下をどれだけ抑えられるかが問われる。近年、この「疲労による崩れにくさ」はデュラビリティ・生理学的耐久性(Physiological Resilience)と呼ばれ、VO2max、エコノミー、FTPという古典的なモデルに次ぐ「第4の要因」として議論されている。
デュラビリティの測定方法やトレーニング手法は未だ発展途上だが、2~3時間の有酸素運動後に10~20分のFTP付近の運動を行い、後半の出力低下や心拍数との乖離を記録するなどの簡便な手法が使われている。デュラビリティのようなFTPだけでは説明不可能な強さが存在するということを認識しておくことは、パフォーマンス評価において極めて重要な視点となる。
■測定誤差とゾーン設定の罠──テスト条件の管理不足
FTPの停滞について検討する以前の根本的な問題として、テスト条件の管理不足が挙げられる。機材の校正、気温や風向き、事前の栄養補給やウォーミングアップ、前日からの疲労度などがテストのたびに異なれば、測定・算出したFTPの値は成長の指標としての有効性が著しく下がってしまう。これを防ぐためには、テスト条件を厳格に固定し、FTPの変化を正確に検出できる再現性の高い環境・手順を構築することが最優先となる。
■遺伝的限界を疑う前に──多角的な評価による「上限パッケージ」の管理
FTPが伸び悩むと、「遺伝的にトレーニング刺激に対する反応が鈍いタイプだ」という自己診断をしてしまうケースもある。確かにVO2maxの適応には遺伝的な背景が存在することを示す研究もあるが、一方でトレーニングの負荷(量)を増やすことで「反応しない」という状態は解消されるとの報告も存在する。また、高度に訓練された競技者においては、トレーニング量や配分とパフォーマンス向上の関係は単純ではない。
したがって、簡単に遺伝的限界に到達してしまったと諦めるのではなく、自身のFTPを「上限パッケージ」として多角的にチェックしていく姿勢が望ましいといえよう。具体的には、FTPテスト条件の管理を強化し、再現性を高めた上で、FTPの数値だけに依存せず、TTEを別途独立して測定すること、CPとのズレをチェックすることなどが有効と考えられる。
FTPは確かに使い勝手のよい指標ではあるが、FTPの数値変化のみで自身の能力の上限を決めつけてしまうと、自分の身体能力の真のポテンシャルを見誤ってしまうリスクがある。複数の指標をチェックし、多角的に検証することで、初めて次に取り組むべき真の課題・ボトルネック・リミッターを特定できるといえよう。
参照URL
PubMed・Maximal Lactate Steady State Versus the 20-Minute Functional Threshold Power Test in Well-Trained Individuals: ‘Watts’ the Big Deal?・https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/31689684/
