ロード選手と「骨の脆さ」──高強度と長時間ライドがもたらす代償としての骨折

【サプリ・食事・補給】【期分け・練習計画】【筋トレ・ストレッチ】【速くなるためのヒント一覧】2025年7月19日 12:40

骨折──それは単なる事故や不運ではない。近年、プロ・アマ問わず多くの自転車競技選手が「骨の脆さ」に直面している。ロードバイクは心肺機能や持久力の向上には極めて優れたスポーツである一方で、骨に対する刺激が乏しいため、それが「骨の脆さ」につながるリスクがある。本記事では、研究事例や実践例をもとに、ロードレース選手の骨密度低下と骨折リスクについて紹介するととともに、現場で実践されている予防策や栄養・トレーニング上の工夫について解説する。

 

■骨密度が低下する競技──なぜロード選手に骨粗鬆症が多いのか

骨密度が低いと聞いて高齢者を思い浮かべる人は多いかもしれない。だが実際には、20代のロード選手にすら骨粗鬆症の兆候が確認されている。最大の要因は、自転車競技が「非荷重運動」であることに起因する。骨は、重力や衝撃といった機械的刺激を受けることで再構築が促進される。ランニングやジャンプを伴う競技では骨への荷重刺激が豊富に存在するが、自転車ではサドルに座った状態が基本となるため、骨への刺激は最小限に留まる。

実際、複数の研究でサイクリストの骨密度がランナーや一般人に比べて明らかに低いことが報告されている。骨への荷重不足は若年選手であっても例外ではなく、長年の競技生活を送るベテラン選手では、検査で高齢者並みの骨密度と診断されるケースも少なくない。

 

■発汗によるカルシウム損失──長時間ライドが骨代謝をゆがめる

骨密度の低下は単なる荷重不足に留まらない。もう一つの大きな要因が、「長時間にわたる発汗」である。高強度のトレーニングやレースでは、1時間あたり最大150mgものカルシウムが汗から失われる可能性があるとの指摘がある。

血中カルシウム濃度が低下すると、体はその恒常性を維持しようと副甲状腺ホルモン(PTH)を分泌し、骨からカルシウムを引き出して対処する。この「骨からの動員」が繰り返されることで、骨吸収が進み、結果として骨量が減少するという悪循環に陥る。

汗による直接的なカルシウム損失だけが原因ではないとする研究もあるが、運動中の血中カルシウム濃度の低下が骨代謝を変化させる可能性があるという点は一貫して指摘されている。つまり、長時間の高強度ライドは、骨にとって悪影響を及ぼす可能性がある。

 

■エネルギー不足とホルモン低下──見えない「栄養の危機」

プロ選手の多くは週に500~1000kmもの距離を乗り込む。その消費エネルギーは膨大であり、摂取が追いつかなければ「低エネルギー利用可能状態(LEA)」に陥る。これは、骨代謝にとって悪影響を与える。

エネルギー不足が慢性化すると、体は生存に必要のない機能を抑制し始める。代表的なのが生殖関連ホルモンであり、男性ではテストステロン、女性ではエストロゲンの低下が起こる。こうしたホルモンは骨の形成・維持に密接に関与しており、その分泌低下は骨量減少に直結する。

特に女性選手では、無月経の継続が骨密度に重大な影響を及ぼすことが知られており、「女性アスリート三主徴」の一因とされている。男性でもホルモンバランスの崩れによる骨密度低下が確認されており、性別を問わず対策が必要といえる。

 

■骨を守る「三本柱」──栄養・筋トレ・日照

骨粗鬆症リスクに対して、世界のトップ選手たちは大きく三つの柱で対策を講じている。第一に、栄養戦略である。骨の主成分であるカルシウムは、1日1000~1500mgの摂取が推奨されており、ビタミンDとともに摂取することで吸収率の向上を図ることが重要になる。

実践例としては、朝食にヨーグルトやチーズ、運動後には牛乳やシェイクを取り入れる。カルシウムと鉄のサプリメントを併用する場合は、吸収効率を下げないよう摂取時間をずらすといった工夫もされている。また、ビタミンDの血中濃度は日照やサプリメントで管理され、欧米のチームでは定期的な血液検査を実施するのが一般的である。

 

■筋力トレーニングの導入──骨に刺激を与える「クロス種目」

骨密度維持には、栄養だけでなく機械的刺激も不可欠だ。この観点から、トップ選手の多くはレジスタンストレーニングやプライオメトリック運動を取り入れている。スクワットやジャンプ系のトレーニングは骨への荷重を直接的に与え、骨形成を促す。

一部のチームでは、レースシーズン中でも週に1~2回のジムトレーニングをルーティン化し、骨と筋肉を同時に強化している。特に若年期にこうした刺激を与えることは、将来的な骨折リスクを低減するうえで非常に有効だとされる。

 

■リカバリー栄養の再定義──骨への「補給」も見落とすな

従来、トレーニング後のリカバリーといえばグリコーゲンや筋肉回復が中心だった。しかし近年では、「骨の回復」も重視されている。運動後30分以内にカルシウムとタンパク質を同時に摂取することで、骨の回復もスムーズに進むことが示唆されている。

プロ選手の中には、ライド後にチョコレートミルクや乳清プロテインドリンクを摂る習慣を持つ選手も多い。これは単なる筋肉の回復を目的としたものではなく、骨基質への栄養供給という側面もある。

 

■最新トレンド:コラーゲン×ビタミンCの「骨サプリ」

近年、I型コラーゲンを補うことで骨強度を高めようというアプローチが注目されている。ゼラチンや加水分解コラーゲンにビタミンCを加え、トレーニング前に摂取することで、骨のコラーゲン合成マーカーが上昇するとの報告もある。

特に、骨折からの回復期や、骨密度低下が疑われる選手にとっては有望なサプリメント戦略であり、一部のプロチームでは導入が進んでいる。こうした対策は公に語られることは少ないが、チームの管理栄養士やメディカルスタッフの助言のもと、静かに浸透しつつあるとの情報がある。

 

■栄養管理と骨密度測定──定点観測の重要性

骨密度は日常の体感では把握できない。したがって、定期的な測定と、栄養・トレーニングの記録が重要となる。最近では、DEXA(デキサ)法による骨密度検査を年1回のルーチンに組み込むチームもある。

加えて、主観的な疲労感や回復速度、ライド中の腰痛・背部の違和感など、骨の不調を示唆するサインに敏感になることも大切だ。骨密度は一朝一夕では回復せず、予防と早期発見がカギを握る。

 

■骨を守るための「日常の小技」──地味だが効く工夫の数々

レースやトレーニングだけでなく、日常生活に骨への刺激を加えることも意識することが望ましい。たとえば、階段を使う、買い物を徒歩で行う、朝の日差しを浴びながらストレッチをする──これらは一見ささやかだが、積み重ねれば大きな違いを生むことが期待できる。

また、鉄分サプリや高カフェイン摂取によるカルシウム排出増加に配慮し、摂取タイミングをずらすといった細かな工夫も無視できない。骨の健康を守るには、こうした「積み重ねの戦略」が求められる。

 

参照URL

https://journals.physiology.org/doi/full/10.1152/japplphysiol.01034.2020

https://www.outsideonline.com/health/training-performance/cyclists-low-bone-density/

https://blogs.bmj.com/bjsm/2018/02/27/cyclists-make-no-bones/

https://www.jitetore.jp/contents/fast/tachiyomi/201307240630.html

https://www.niigatashi-ishikai.or.jp/newsletter/director_word/201806251506.html

https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10458969/

https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6746591/

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https://www.trainingpeaks.com/blog/why-cycling-is-bad-for-bone-density-and-how-you-can-improve-it/

https://www.trainingpeaks.com/blog/the-importance-of-carbohydrates-and-glycogen-for-athletes/