足つり(痙攣)の正体──「電解質」よりも「筋力トレーニング」が効く理由

【レース対策情報・レース戦術】【筋トレ・ストレッチ】【速くなるためのヒント一覧】2025年7月19日 12:01

レースの勝敗を分ける決定的な局面で突然足がつる(痙攣する)。サイクルロードレーサーの多くが一度は経験したことがあるであろうこの現象は、科学的にはいまだに「謎が多い」分野とされている。従来はナトリウムなどの電解質不足が原因と考えられてきたが、最近の研究ではそれだけでは説明しきれない事例が増えている。むしろ、筋力トレーニングの有無が発症リスクを左右するという報告すらある。本稿では、足つりのメカニズムと予防の最新知見について、スポーツ科学の観点から整理する。

 

■「ナトリウム不足=足つり」の神話

足つりについて語るとき、よく引き合いに出されるのが「バナナ」だ。ある元プロ野球選手は、インタビューで「サルは毎日バナナを食べるからつらない」と語った。確かに、バナナにはカリウムやマグネシウムといった電解質が豊富に含まれており、長年「けいれん予防の定番食」とされてきた。

実際、持久系アスリート344人を対象とした調査では、約75%が「ナトリウムを多く摂れば足つりを防げる」と信じている。しかし、この電解質理論を裏付ける決定的な証拠は、いまだに見つかっていない。過去10年以上にわたる複数の研究でも、足つりを起こした選手とそうでない選手の間に、水分補給量や血中電解質濃度の差は見られなかった。

 

■有力視される「神経筋制御の乱れ」説

代わって注目を集めているのが、「神経筋制御の変化」による痙攣という理論だ。これは南アフリカのケープタウン大学のシュウェルヌス博士が1990年代に提唱したもので、過度に疲労した筋肉において、神経が一時的に「スイッチオン状態」になったまま制御不能になるという考え方である。

この理論の強みは、脱水や電解質では説明できない痙攣の発生を整合的に説明できる点にある。だが、問題もある。電解質理論であれば「ナトリウムを摂れ」で済むが、神経筋制御説には即効性のある予防策や対処法がないという点だ。

 

■HotShotやピクルスジュースは効くのか?

一部の研究では、辛味成分を含む飲料「HotShot」が神経を刺激し、痙攣を緩和する可能性が示されている。この飲料は、ピクルスジュースや唐辛子と同じ受容体を活性化し、神経の誤作動を一時的にリセットする効果があるとされる。2017年にはペンシルベニア州立大学の研究者が、HotShotによって痙攣の持続時間が短縮されるという実験結果を発表した。

とはいえ、これはあくまで「一時しのぎ」であり、すべての被験者が最終的には痙攣を起こしている。つまり、即効性のある特効薬とは言えないということだ。

 

■新たな焦点「筋力トレーニング」の保護効果

スペインの研究チームが2020年に発表した最新の研究は、筋痙攣の予防において「筋力トレーニング」が有効であることを示唆している。バレンシアマラソンに参加する98人のランナーを対象に、レース前後の生理データを測定。そのうち20人が痙攣を経験したが、彼らとそうでないグループとを比較したところ、最も大きな違いは「下半身の筋力トレーニングの習慣」だった。

痙攣を起こさなかったランナーの約48%が、定期的にスクワットなどの下肢トレーニングを行っていた。一方、痙攣したランナーでこの習慣があったのは25%に過ぎなかった。その他の要因(レース前の脱水状態、過去のマラソン経験、トレーニング量など)に有意差は見られなかったことから、筋トレの有無が重要な差異として浮かび上がった。

 

■「筋損傷=痙攣」の因果関係

この研究では、痙攣を起こしたランナーの血液中に含まれる「クレアチンキナーゼ」や「乳酸デヒドロゲナーゼ」といった筋損傷マーカーが、レース後に著しく上昇していた。たとえば、1日後のクレアチンキナーゼ値は2,439 IU/Lに達しており、筋肉が損傷していた可能性を示唆している。

つまり、痙攣は「脱水」や「ミネラル不足」ではなく、「酷使された筋肉の損傷」によって引き起こされるケースが多い。予防の鍵は、筋肉をいかに損傷から守るかという点にある。

 

■ペース配分は犯人ではなかった

痙攣と関係があるとされてきたもう一つの要因が「ペーシング」だ。過去の研究では、スタートダッシュが速すぎるランナーほど痙攣を起こしやすいとされた。しかし、今回の研究では、VO2max(最大酸素摂取量)とスタート時の相対的速度のデータを照合した結果、痙攣したグループはむしろやや遅めのペースでレースを始めていた。

この結果は、「ペース配分が悪いから痙攣した」という従来の見解を覆すものであり、痙攣の主因は他にある可能性を示している。

 

■万能薬は存在しない──複合的要因の理解が重要

注意すべきは、筋痙攣には個人差があり、必ずしも一つの要因で説明できるものではないという点だ。基礎疾患や薬の副作用、遺伝的要因などが関係している場合もある。また、脱水や電解質不足が影響する人もゼロではない。したがって、「この方法さえ守れば痙攣しない」という絶対的な予防策は存在しない。

それでも、再発性の痙攣に悩まされているのであれば、試す価値のある対策はある。その筆頭が、下半身を中心とした筋力トレーニングだ。最大筋力の80%程度の負荷でスクワットを行うことで、筋肉の耐久性を高め、損傷を防ぐ効果が期待できる。

 

■現時点で「最も妥当な選択」は何か

現段階では、無作為化比較試験などで科学的に効果が実証された予防法は限られている。しかし、少なくとも「筋力トレーニングをする人ほど痙攣しにくい」という傾向は、多くのデータに支えられている。また、筋力強化は痙攣の予防以外にも、フォームの安定やパフォーマンスの向上など多くのメリットがある。

一方、HotShotのような神経系を刺激する製品は、一部の人には有効かもしれないが、万人向けではない。電解質の補給についても、「念のため」に摂っておくのは悪くないが、それだけに頼るのはリスクが高いといえよう。

 

■「攣らないカラダ」は日々の積み重ねから

筋痙攣は決して一夜にして防げるものではない。トレーニング内容の記録、痙攣発生時の状況把握、主観的な疲労度のモニタリングなど、日々の「観察」と「振り返り」が予防につながる。

そして何より、「痙攣を防ぐカラダ」は、筋肉を鍛えるところから始まる。もし次のレースで攣りたくないなら、まずはスクワットから始めてみるといいかもしれない。

 

参照URL

https://www.outsideonline.com/2416514/muscle-cramps-research-2020