ヒルクライム能力を可視化する指標「VAM」──その意味と活用法
ヒルクライム能力の高さを示す指標として、かつて主流であった「VAM(ヴァム)」。パワーメーター全盛の時代であっても、なぜこの“アナログ的”とも言える指標が依然として活用されているのか。同指標の基礎知識とトレーニングへの応用方法について解説する。
■VAMとは何か──登坂スピードを数値化する指標
VAMは「Velocita Ascensionale Media(平均登坂速度)」の略で、1時間あたりに垂直方向へ何メートル登ったかを表す。計算式は「登坂量×60÷登坂時間(分)」であり、GPSとスピードデータがあれば現在の多くのデバイスでリアルタイム表示が可能である。
この指標は、1990年代にミケーレ・フェラーリ博士によって提唱された。彼はその後ドーピング問題で名を馳せるが、VAMは当初、パワーメーターが一般的ではなかった時代に、選手の登坂パフォーマンスを推定するために活用された背景がある。
■登坂力の評価とVAMの現在地
今日でも、VAMはクライマーの登坂能力を比較的客観的に比較できる指標として、プロ・アマ問わず活用されている。特に長く勾配の急な登りにおいて、パワーメーターが使えない状況下では、VAMがペース配分の有力な代替指標となる。ワールドツアーレベルの選手は、では平均1,300~1,400m/h、トッププロは1,600~1,800m/hで長時間登ることができる。これは、ホビー・サイクリストにとって、これらの数値は数分間しか維持できないペースだ。
■VAMとパワーの関係性──W/kgの推定にも
VAMは単独でも有用だが、パワーとの関係性を理解することで一層意味が深まる。登坂時のVAMは、パワーウェイトレシオ(W/kg)と直線的な関係があり、たとえば体重70kgのサイクリストが8%の勾配を登ると仮定すれば、ある一定のVAM値が得られる。
もちろん現実には風向きや路面状況、装備などの影響を受けるため、理論値より低く出る傾向がある。しかし、おおよその関係性を把握しておくことで、実走時に感覚と数値のズレを認識でき、フィードバックの質が高まる。
■勾配による影響──急坂ではVAMが出やすい
VAMの値は勾配によって大きく影響を受ける。急勾配になるほど速度が落ち、空気抵抗の影響が小さくなるため、同じ出力でより高いVAMが得られる傾向がある。逆に緩斜面では速度が上がるため、空気抵抗の影響が増し、VAMは下がりやすくなる。
この性質により、ある勾配をVAMで走行する際に必要なパワーは、勾配が急になるほど減少するという特性がある。したがって、VAMを評価する際には勾配条件を併記し、単純なVAMの数値だけを比較をしないという姿勢が望ましい。
■データがなくても「ペース配分」の道具になる
VAMの最大の強みは、パワーや心拍数といった他のデータが使えないときにも、登坂の「強度目安」として活用できる点にある。パワーメーターが途中で故障したり、そもそも搭載していない場合でも、過去のVAMと比較することで、オーバーペースかどうかを判断できる。
たとえば筆者が1,107m/hのVAMで53分間走行した上り坂があったとして、それがテンポ走の努力度であったのであれば、レース中に同じ上り坂で1,400m/hが出ていれば明らかにペースが速すぎると判断できる。このように、VAMを体感強度と紐付けておくことで、数値を“使える情報”として活用できる。
■「1分VAM」の活用──リアルタイムの指標として
多くのサイクルコンピュータには「1分平均VAM」のフィールドが搭載されており、リアルタイムでの努力のモニタリングに使える。これは特に登坂中の“上げすぎ = オーバーペース”を防ぐために有効で、フィーリングだけでは制御しにくい出力を視覚的に把握できる。
この機能が搭載されていない場合でも、各種デバイスの「データフィールド」設定で追加することができる。レースやトレーニングにおいて、特に重要な登りではこのフィールドを事前に表示させておくと、無用なオーバーペースを避けられる可能性が高まる。
■VAMの限界と注意点──文脈を無視してはならない
このように便利な指標であるVAMだが、限界や注意点もある。それは、あくまでも単一の数値・指標でしかなく、それだけでパフォーマンスのすべてを語れるわけではないという点だ。風向きや路面状況、気温や湿度といった外的要因によって、同じ出力でもVAMは大きく変動する。
特に追い風では過大評価され、逆に向かい風では過小評価される可能性がある。また、バイクやホイールの選択もVAMに影響を与える。こうした要素を踏まえずに単純にVAMの数値だけを比較すると、情報を読み誤ってしまうリスクがある。
■トレーニングでの応用──基準化された評価として
VAMは、定期的なテストクライムを通じて自身の登坂能力をモニタリングする手段としても有効だ。体重が変動しがちなアスリートにとって、正確なW/kgの算出が難しい場合でも、VAMを使えば過去の走行ログとの比較が可能になる。
TrainingPeaksのようなプラットフォームを用いれば、ライドの各セクションにおけるVAMを簡単に抽出・可視化できる。これは、自己評価やコーチとのコミュニケーションにおいて、有用な共通言語となるだろう。
■VAMは“過去の遺物”ではない
パワーメーターが普及した現在においても、VAMは決して時代遅れの指標ではない。むしろ、予期せぬ機材トラブルやデータ欠損時において、選手の“判断基準”として力を発揮する。
また、サイクリストが自己の感覚と数値をすり合わせる訓練の一環としても、VAMの活用は意義深い。数値を鵜呑みにするのではなく、コンテクストを加味した上で読み解くスキルが、パフォーマンスの安定と向上につながるといえる。
参照URL
https://www.trainingpeaks.com/coach-blog/breaking-down-vam/