コミットメント ~競技のためのメンタル・トレーニング~【BBC】

【初心者のためのヒント】【期分け・練習計画】【立ち読み版】【速くなるためのヒント一覧】2016年11月19日 17:58

ベーストレーニングは、メンタルを鍛える絶好のタイミングです。メンタル・スキルがリミッターであると考えられるアスリートは多いものの、それを自覚し、対処しているケースはほとんどありません。彼らはジムに行き、走り込み、食べ物にも気をつけていながら、目標達成の妨げになっているかもしれないメンタル面については、取り組もうとしないのです。

メンタル面のトレーニングは、それだけを主題にした多くの良書が書かれているほどの大きなテーマです。このため本書では、アスリートの向上を妨げることがきわめて多いと私が判断した分野にだけ触れます。この章で取り上げるメンタル・スキルは、「コミットメント」「セルフトーク」「集中力」です。

 

コミットメント

アスリートに情熱は不可欠です。私たちは、目標達成のために私生活を犠牲にし、大量のお金と時間を費やします。来る日も来る日も、練習のために早起きし、悪天候のなかを走り、退屈な室内トレーニングに励みます。食後のデザートは抜かしても、ジムでのトレーニングは欠かしません。このような努力を「コミットメント」と呼びます。しかし、これはあくまでもコミットメントの始まりです。ところが、これ以上のコミットメントをしないアスリートもいます。

日々の練習を行うことを、コミットメントだと捉えているアスリートは少なくありません。しかし彼らは、そのプロセスの効果を高めるうえで大きな違いをもたらす、細かな点には気を配りません。目標を達成し、ゴールに向かって前進していくためには、日々、一貫した練習を行わなくてはならないのは確かです。しかし、多くのアスリートは、「自分はトレーニングをしているのだから、目的達成に向けたコミットメントを果たしている」という誤解をしています。

アスリートとしての能力を最大限に高めることにコミットするということは、「スケジュールに従って練習をする」以上のことが求められます。コミットメントとは、どのように日常生活を過ごすか、トレーニングを記録するか、体の声を聞くか、目標達成の妨げになっているものを変えていくかについて、細やかに対処していくことなのです。

 

■バランスを保つ

誰もがプロのアスリートのように、トレーニング中心の1日を計画できるわけではありません。それでも、私たちには選択肢があり、それらは慎重に選ばなくてはなりません。体力やパフォーマンスの目標を達成するというコミットメントを決意したら、日常生活で求められる他の活動をすべて考慮したうえで、目標が現実的なものであることを確認します。そしてそれ以降は、日常生活での義務を増やさないようにします。増やす場合も、アスリートとしての目標の達成への影響を慎重に評価してからにします。もちろん、「レースに勝つために、仕事や家族を失うリスクを負え」とすすめているわけではありません。むしろ、その逆です。目標をコミットする前に、現実的な視点で熟考し、到達に必要なものを十分に理解しておきます。そして必要な調整を行い、私生活の一部を犠牲にするのです。何かを得るには何かを犠牲にする必要があります。

たとえば、ある女性アスリートが、カテゴリー1と2のレースで優秀な成績を収めるためのトレーニングをしようと計画しているとします。ところが、彼女は週に50時間も働いており、3人の子どもを1人で育て、夜間や週末には学校にも通っています。彼女の計画は現実的ではなく、成功もしないでしょう。おそらく、生活のあらゆる面に影響が生じるはずです。疲労によって仕事や勉強に集中できず、家族と楽しい時間も過ごせなくなり、トレーニングも生産性の低いものになるでしょう。何らかの手段を講じなくてはならないとしても、もちろん、子どもたちを犠牲にするわけにはいきません。私は、家族と過ごすよりも多くの時間をトレーニングに費やしたために、妻から離婚された男性アスリートを知っています。

生活全体を考慮し、バランスを保ちながらコミットするようにしましょう。私は「サイクリングが人生である」という考えを強く抱いてはいますが、自らの経験や練習仲間たちから、「サイクリングは人生を豊かにもするが、複雑にもするものだ」ということを学びました。サイクリングが精神的な負担になってしまえば、それは仕事や義務のようなものになり、日々しなければならないこととの折り合いをつけることも難しくなります。できるだけ多くの時間をサイクリングにあてることが望ましいとはいえますが、その時間を本当にサイクリングに費やせるのかを確認することが大切です。

 

■休む勇気を持つ

長期的な目標にコミットしているアスリートは、怪我や疲労が溜まっているときは練習を休むことも大切であり、長い目で見れば、それは後退ではなく前進であるということを理解しているものです。目標にコミットしているアスリートは、生活全体のバランスを保つことのメリットを理解しているのです。「アスリートとしての能力を高めるために今日できることは何か?」と自問したとき、その答えが「休養」になることもあるのです。

目標達成のための計画を調整せず、怪我を押してもスケジュール通りのトレーニングを続けようとするアスリートは、コミットメントを貫いたと考えるかもしれませんが、それは間違いです。それは目標にコミットしているのではなく、目標に執着しているだけなのです。怪我をした状態では能力は高まりません。必要なときに休養を取らないことは、停滞期間を長引かせてしまいます。このように、執着を、情熱やコミットメントと取り違えてしまうケースはよくあります。

 

■無目的に走らない

ペダリングの技術が不足しているのなら、それを心の片隅に追いやったまま、ただ走っていてはいけません。毎日、走行練習の度に、できる限りペダリング・ドリルをとり入れるようにします。ただ自転車に乗っているだけでは、他の選手に差をつけることはできません。すべての練習を、成長のチャンスと捉えましょう。走行中は常に、何らかの側面の向上に意識的に取り組みます。呼吸法、体をリラックスさせる方法、集中力、走行技術、ペダリング技術などの改善に集中しましょう。本書では、これらのさまざまな改善方法を紹介してきましたが、実際にそれを行うかどうかは、あなた次第なのです。

体力の向上と技術の改善は、心構えから始まります。まず何がしたいのかをはっきり頭で理解していないと、体をその通りには動かせません。練習を始める前に少し時間をとり、練習の重要ポイントを確認しましょう。こうすることで体の準備も整います。その日の目的を十分理解しないうちに、ただ自転車に飛び乗って走り始めるのはやめ、目的を持って自転車に乗りましょう。ときには、特に目的を持たずに自転車に乗るのもよいですが、普段は、他の選手に差をつけるための練習に取り組みましょう。マウンテンバイクに乗れば技術は向上します。しかし、さらに短期間で、できる限りの向上を実現するために、練習の目的が何かを明確にし、特定の技術を訓練する時間を設けましょう。

 

■トレーニングを記録する

目標を紙に書き出し、毎日目にするところに貼りましょう。自転車に乗る度に、目標を頭のなかで再確認します。アスリートのコミットメントで見過ごされがちなのは、練習と回復の内容を正確に記録することです。その日にすれ違ったプロ選手の名前や、チームの全体的な練習内容などを記録するよりも、その日の自分の足の感覚を記録しておくことで、練習の計画や調整をより効果的に行えるようになります。

練習の進捗状況、体の感覚や反応を記録しなければ、トレーニングの効果を最大限に高めるチャンスを逃してしまいます。私は選手のトレーニング日誌を見返し、その選手の体がトレーニングにどう反応しているかを知るうえでの手掛かりを示すパターンを探します。「この練習をした」という単純な記述しかなければ、そのアスリートの体が練習前に十分に回復していたのか、練習を無理なくできたのか、苦しみながら行ったのかなどがわかりません。

アスリートが病気になったり、疲労が溜まってトレーニングができなくなったりしたとき、私が最初に知りたいのは、その状態がいつから始まったのか、その原因は何かということです。これはトレーニング日誌の重要な機能であり、有益な情報を日誌に書き込むのは選手にとっての大切な義務です。正確で詳細なトレーニング日誌の記録は、そのときには重要に思えなくても、将来、価値のある情報になります。

トレーニングを進めていくなかで、「もうこれ以上は練習できない、もっと休養が必要だ」と体が訴えるポイントに到達することがあります。このとき、その理由を調べることが大切です。「トレーニング負荷が高すぎた」「栄養状態に問題があった」「仕事が忙しかった」「家族関連の用事があった」「悪天候でトレーニング負荷が普段より高かったにもかかわらず、予定通りに練習をしてしまった」など、さまざまな理由が考えられます。スケジュールを適切に調整するには、このような情報が欠かせません。日常生活とのバランスや、トレーニングについての日々の記録は、トレーニング計画の作成と調整のためにきわめて重要です。

適切なトレーニング計画に従ったトレーニングによって、向上を実現できます。しかし、投資に対して最大限の見返りを得るためには、細かな点に気を配らなくてはなりません。成功するかどうかは、あなたがそうした努力をするかどうかにかかっているのです。

以下に、目標達成にコミットしているアスリートとして身につけるべき習慣をいくつか紹介します。

 

  • BT 練習とレースの前後および合間に食事をとる。
  • 毎晩8時間以上(必要な場合はもっと長く)睡眠をとる。
  • 毎朝、安静時心拍数を記録する。
  • 毎日バイタルサイン(ストレス、睡眠、痛みなど)を記録する。
  • 毎日の練習内容を細かく正確に日誌に書き込む。練習中の体の感覚や反応も記録する。
  • レースや重要な練習の前には、すべての機材を事前にしっかりと整備しておく。
  • トレーニングパートナーに合わせるのではなく、自分にとって必要な練習を行う。
  • 毎日、技術面の練習を行う。特に練習メニューに計画されていない場合でも、技術練習の要素をとり入れる。
  • メンタル・トレーニングの方法を確立し、日常的に実践する。
  • 休む勇気を持つ。
  • レースの詳細なレポートを書く。
  • 毎日の摂取カロリーを記録し、栄養を適切にとれているかを確認する。
  • 個人的な生活のバランスを常にモニターする。
  • 短期および長期の目標を立てる。

 

※この記事は、『ベース・ビルディング・フォー・サイクリスト』児島修訳・OVERLANDER株式会社(原題:『BASE BUILDING for CYCLISTS』トーマス・チャップル著・velopress)の立ち読み版です。『ベース・ビルディング・フォー・サイクリスト』は、『サイクリスト・トレーニング・バイブル(CTB)』を下敷きにした、1年のなかでも最も重要でありながら、最も理解されにくい時期でもある「基礎期(ベーストレーニング期)」に、どのようにトレーニングすべきかを詳しく掘り下げた好著です。■

 

著者紹介

トーマス・チャップル

ウルトラフィット・コーチング・アソシエイト。USAサイクリングおよびUSAトライアスロンで、公認コーチとしてエリートレベルの選手のコーチを行っている。1997年に専業のコーチとなって以来、指導してきた選手は、全米および世界のレースで優秀な成績を収めてきた。チャップルの指導した選手は、ハワイのアイアンマン世界選手権のエイジ別入賞やアマチュア部門での優勝、全米プロ/エリート・クリテリウム選手権の上位入賞、NORBA全米シリーズの年代別部門、24時間単独マウンテンバイク・レースの優勝などの栄光に輝いている。

トレーニングやサイクリング関連の定期刊行物、ウェブサイトに定期的に記事を寄稿。そのコーチングスタイルは、短期・長期の目標への到達を目指すトレーニングプロセスにフォーカスしながら、バランスと一貫性を重視していくというものである。選手時代は、全米レベルのダウンヒルのマウンテンバイク・レースや、地元のロードおよびトラック競技の選手として活躍した。詳細は、ウェブサイト(www.coachthomas.com)を参照。

 

訳者紹介

児島 修

1970年生。立命館大学文学部卒(心理学専攻)。スポーツ、ビジネス、ITなどの分野で活躍中。訳書に『サイクリスト・トレーニング・バイブル』(OVERLANDER株式会社)、『シークレット・レース』(小学館文庫)、『マーク・カヴェンディッシュ』(未知谷)などがある。