セルフトーク ~競技のためのメンタル・トレーニング~【BBC】

【初心者のためのヒント】【立ち読み版】【速くなるためのヒント一覧】2016年11月21日 06:03

セルフトーク

トレーニングや試合に、否定的な考えで臨んでいるアスリートが多いことには驚かされます。「失敗してしまった」「この坂は上れない」「このレースではうまく走れた試しがない」などのネガティブな言葉に囚われてしまうと、その言葉が現実化しやすくなってしまいます。「このレースから学ぶことがあった」「登坂能力強化のための練習に取り組んできた」「今回はレースに向けてよい準備ができた」など、肯定的に考えるようにしましょう。

言葉の力を侮ってはいけません。24時間耐久のマウンテンバイク・レースでは、12時間が経過したとき、夜空に照明弾が上がります。この光を見て、「よし、もう半分が終わった。残り12時間だ!」と意欲を高める選手もいれば、「まだ半分か。まだあと12時間も残っている」とつぶやいて意気消沈する選手もいます。どちらのセリフも声に出してみれば、それによってどのような気持ちになるか、その違いを実感できるはずです。あなたなら、このような場合に、自分にどのような言葉をかけるでしょうか?

 

■言葉の力

才能がありながら、自尊心の低さや否定的なセルフトークが成長の妨げになっているアスリートがいます。私たちは、言葉で自分を責めていても、なかなかそれを自覚できません。習慣化してしまっているために、無意識のうちに否定的な考えを抱いてしまっているのです。否定的な考えは、究極的には、言語化されない内なる心にも存在します。自分自身にどのような言葉をかけているかに耳を傾け、適切に修正をしていきましょう。ネガティブな感情を抱いていることに気づいたら、口にする言葉や心に抱く言葉を、ポジティブなものに修正していきましょう。

アスリートが、脳のプログラムを書き直すほどに根本から考えを変えることは不可能です。しかし、自分の思考回路のどの部分が向上を妨げているかを認識し、受け入れ、支配すれば、メンタル・スキルを高めていくことはできます。自分の思考を支配しなければ、自分が思考に支配されてしまいます。感情に支配されているアスリートは大勢います。「メンタル面に問題がある」と自覚している選手は、基礎期中に優先的にメンタル面を鍛えるようにしましょう。

 

■過程を楽しむ

過程において何をしたかではなく、結果のみで自己評価をすれば、競技を楽しみにくくなります。また、そのような態度が、パフォーマンスを低下させる場合もあります。トレーニングセッションやレースを、単に自己評価をする手段ではなく、人間、そしてアスリートとしての自分について学ぶ機会だと捉えましょう。過程に注目することで、結果もよくなっていくでしょう。勝利を求めることも大切です。しかし、結果にあまりこだわらず、過程を楽しみ、学ぶことに重点を置くことで、ストレスを感じにくく、リラックスしやすくなります。筋肉がリラックスしていればパフォーマンスも上がり、よい結果につながります。

私が指導するアスリートのうちの2人に、レースの感想を尋ねたときの反応について紹介しましょう。どちらがレースの過程を楽しんでいるでしょうか。2人とも実人生で成功している人物で、サイクリングはプロとしてではなく、あくまで「趣味」として楽しんでいます。

 

| アスリート A |

とても素晴らしかったです。序盤の逃げに乗ることができ、そのまま5周逃げ続けました。逃げ集団の先頭に立ったときには、後続に捕まらないようにするために本当に必死に踏みました。ハードに走るのは最高でした。しかし、私にはペースがきつすぎたので、集団の後方に下がって体力を回復させなければなりませんでした。2?3周で回復し、再度、先頭交代のローテーションに加わろうとしたときに目の前で落車が発生し、逃げ集団から千切れてしまいました。その後は、数人の選手と協調して、ゴールまで必死に追走しました。結局、再合流はできませんでしたが、わずかな間でも逃げに乗ることができたこと、レースの後半に数名で協調して走れたこと、そして完走できたことは、とてもよかったです。振り返ると、逃げ集団にいるときは、あれほどハードに長く先頭を引くべきではありませんでした(もっとパワーを確認しながら走るべきでした)。後で確認したところ、自分でも驚くほどの高いパワーを出してしまっていました。逃げに乗れたことに興奮してしまい、必要以上に頑張りすぎてしまったようです。次回はマイペースを維持し、他の選手にもっと先頭を引かせるように、うまく立ち回りたいと思います!

 

| アスリート B |

とにかく大変でした。足は使い物にならないような感じでした。上りで千切れてしまい、2回も集団を追走しなければなりませんでした。心拍数もかなり高く、呼吸も乱れました。酷くつらいレースでした。走りながら、レースを下りようかとすら考えていました。とはいえ、レースには勝ちました。

 

あなたの目標は何ですか? サイクリングを楽しみ、喜びを感じることでしょうか。それとも、勝たなければ喜びは得られないと考えるでしょうか。レースに勝てばよい気分に浸れますが、その喜びはあっけないほどすぐに消えてしまうものです。また、レースに勝つことには、自分の力の及ばない要素も関与します。

落車や機材の故障、他の選手などによって、計画通りに走れないこともあるからです。結果ではなく、競技そのものを楽しみましょう。レースやトレーニングセッションを、何かを学ぶチャンスだと捉えましょう。楽観的で溌剌とした気持ちを保つよう心がけ、自分の行動の結果を肯定的に考えるようにします。勝ち負けにかかわらず、プロセスを楽しむことができないのならば、その理由について考えてみましょう。

 

■自信

レースに勝つことは、緻密な計算に基づいた賭けに挑むことです。レースでは勝利を目指しましょう。負けを恐れてばかりでは、いつまでたっても勝つための方法を学べません。勝つためには、さまざまな要素が整っていなければなりません。体力、戦術、栄養、ライバル選手、そして頭のなかが、自分が勝つために有利に働いたとき、レースでよい走りができるのです。

自分を信じましょう。勝ったときに自信を持つのは簡単です。勝てるかどうかわからないときでも、よい走りができると自分を信じられるようにしましょう。レースの開始前には、それまでにしてきたトレーニングに自信を持ちましょう。この時点では、もう目の前のレースを走るだけなのです。

 

※この記事は、『ベース・ビルディング・フォー・サイクリスト』児島修訳・OVERLANDER株式会社(原題:『BASE BUILDING for CYCLISTS』トーマス・チャップル著・velopress)の立ち読み版です。『ベース・ビルディング・フォー・サイクリスト』は、『サイクリスト・トレーニング・バイブル(CTB)』を下敷きにした、1年のなかでも最も重要でありながら、最も理解されにくい時期でもある「基礎期(ベーストレーニング期)」に、どのようにトレーニングすべきかを詳しく掘り下げた好著です。■

 

著者紹介

トーマス・チャップル

ウルトラフィット・コーチング・アソシエイト。USAサイクリングおよびUSAトライアスロンで、公認コーチとしてエリートレベルの選手のコーチを行っている。1997年に専業のコーチとなって以来、指導してきた選手は、全米および世界のレースで優秀な成績を収めてきた。チャップルの指導した選手は、ハワイのアイアンマン世界選手権のエイジ別入賞やアマチュア部門での優勝、全米プロ/エリート・クリテリウム選手権の上位入賞、NORBA全米シリーズの年代別部門、24時間単独マウンテンバイク・レースの優勝などの栄光に輝いている。

トレーニングやサイクリング関連の定期刊行物、ウェブサイトに定期的に記事を寄稿。そのコーチングスタイルは、短期・長期の目標への到達を目指すトレーニングプロセスにフォーカスしながら、バランスと一貫性を重視していくというものである。選手時代は、全米レベルのダウンヒルのマウンテンバイク・レースや、地元のロードおよびトラック競技の選手として活躍した。詳細は、ウェブサイト(www.coachthomas.com)を参照。

 

訳者紹介

児島 修

1970年生。立命館大学文学部卒(心理学専攻)。スポーツ、ビジネス、ITなどの分野で活躍中。訳書に『サイクリスト・トレーニング・バイブル』(OVERLANDER株式会社)、『シークレット・レース』(小学館文庫)、『マーク・カヴェンディッシュ』(未知谷)などがある。