サイクリストとして知っておきたい「トレーニングの基礎」 ~基礎期を通じて漸進的に体力を高めていくためには?~【BBC】

【冬のトレーニング】【初心者のためのヒント】【期分け・練習計画】【立ち読み版】2016年12月14日 07:31

■■トレーニングの基礎■■

■漸進的過負荷

基礎期を通じて漸進的に体力を高めていくためには、その時点の体力をわずかに上回る程度にトレーニング負荷を徐々に増やしていくことが必要です。トレーニング負荷が変わらなければ、何週間トレーニングを続けても体力レベルは変わらず、特に目立った向上は得られません。トレーニング負荷を減らせば、体力は低下してしまいます。つまり、トレーニングの方法によって、体力は維持することにも、高めることにも、低下させることにもなるのです。

適切なトレーニングと休養・栄養のバランスを保ち、日常生活のストレスもうまく管理していれば、体は基礎期の漸進的なトレーニング負荷に適応できます。つまり、体力が高まり、以前よりも長く、速く走れるようになります。トレーニング負荷を適切に計画・記録していけば、以前よりもわずかにきつい負荷を、長期にわたって意図的に体に与えることができるでしょう。トレーニング負荷をどの程度増やせるかは、トレーニング開始時の体力レベル、トレーニングにあてられる時間、トレーニング負荷への適応速度などに依存します。

毎週、トレーニング負荷を一定の割合で増やしていくこともできます。トレーニング時間が限られている場合は、きつめのトレーニングをする時間を増やすことで負荷を上げる必要があるかもしれません。表7.1の「週間トレーニング時間の目安」を参考にしてください。

表 7 . 1  週間トレーニング時間の目安

表 7 . 1  週間トレーニング時間の目安(続き)

私たちがトレーニングにあてられる時間には限りがあります。トレーニングは、費やせる時間と各人のトレーニング経験によって制限されます。週5時間しかトレーニングしていない人は、翌週から15時間のトレーニングを開始すべきではありません。体にはトレーニングで新たに課された要求に対処するための時間が必要であり、そのためには週単位で徐々に練習時間を増やしていかなければなりません。1、2週間程度であれば、急激に練習量を増やしても耐えられるかもしれません。しかしそのように急激に増加した負荷は、次第に体に蓄積していきます。このような負荷に耐えられるとすれば、それはあなたが18歳の健康体で、自宅で暮らし、働かず学校へも行かず、異性と交際もしておらず(交際を求めてもおらず)、1日10時間の睡眠をとり、食欲も旺盛な場合です。しかし、私たちのほとんどにはそのような条件は当てはまらず、時間も限られているために、トレーニングに費やせる時間を捻出しなければなりません。

1週間は168時間です。そこから勤務時間(40時間以上)、通勤時間(5時間)、睡眠時間(63時間)、食事の支度、洗濯などの家事、シャワー、買い物、雑用、人づきあいや家族との時間(結婚して子どもがいればかなりの時間が必要です)、犬の散歩、宿題、会合への参加、自転車の整備、ネットでの新しい自転車や自転車仲間の検索などの時間を差し引くと、1週間で自由に使える時間はほとんどないことがわかります。週間トレーニング計画を作成する際には、上記の活動だけでなく、他に自分に当てはまるあらゆる活動もすべて考慮したうえで、1週間でトレーニングにあてられる時間を現実的に計算しましょう。

この表に従い、1週間にトレーニングにあてられる最長時間を基準にして、基礎期の週間トレーニング時間を決定します。まず、1週間であなたがトレーニングに費やせる最長の時間を決めます。次に、表の先頭行の「トレーニングにあてられる最長時間」で該当の時間を探し、列を下に辿って、そこに書いてある数字を各フェーズの週間トレーニング時間の目安にします。この表では、各期を4週間で構成していますが(各トレーニング期の最後に回復週を設けています)、各期の第1週目を省略して、残る第2週、3週、回復週の3週間単位の時間配分にしてもよいでしょう。

 

■年齢

当然のことながら、年齢を重ねるごとに回復に要する時間は長くなります。残念なことに、私たちの体は永遠には生きられないようにできています。若い人の体ほど、トレーニングや日常生活のストレスで生じた細胞の損傷を修復するためのホルモンを多く分泌します。40歳になれば、20歳の頃に比べて激しい練習からの回復に1日多く必要になることもあります。

体の声に耳を傾け、回復状態の兆候を探る方法を学ぶことで、トレーニングと回復を調整できるようになります。これは、きわめて重要です。私の場合、回復状態を知る手掛かりとしてよく利用するのは、朝、階段を下りるときの足の痛み具合です。痛みが気になるときは、その日は練習を休むか、回復を目的とした軽い走りにとどめます。その後で、また負荷を増やしていきます。この感覚は、自転車に乗ったときにも再確認できます。一定のパワーを出すのがいつもよりきついと感じたり、普段は問題なく上れる坂でタイヤがパンクしているように重たく感じたりすることでも回復状態がわかります。6章で述べたように、練習を抑えるタイミングを知ることは、トレーニングを進めていくうえで重要な能力であり、アスリートとしての成熟度も示します。体は、疲れていて休養が必要なときにそれを訴えてきます。あなたが体の声を聞いていないと、体は「叫び声」をあげざるを得なくなります。病気や怪我、オーバートレーニングなどは、「トレーニングを控えてほしい」という体の叫び声でもあるのです。回復が必要なときに体が発するサインを見過ごさないようにしましょう。また、体力は休養時に高まるという点を忘れないようにしましょう。

年齢の高いアスリートは、若いアスリートよりも1週あたりの回復日を増やす必要があります。回復週を多めにするのも効果的です。21歳のアスリートならば、1週間の回復週が必要になる前に漸進的なトレーニングを3週間続けて行うことができます。しかし、50歳であれば、たった2週間トレーニングをしただけで、1週間の回復週が必要になるかもしれません。ただし、この差は年齢だけでなく、自転車以外の日常生活も影響しています。たとえば21歳のアスリートが週45時間働き、大学で25コマの講義を受けていて、50歳のアスリートは仕事をリタイアして独身で子どももおらず、過去30年間をかけてベース体力を構築していたのであれば、回復週をとる頻度は逆転します。この場合、若いアスリートの方が頻繁に回復週を設ける必要があります。プロのアスリートと同じトレーニング計画を目指すよりも、自分の生活に適した、バランスのよいトレーニング計画を立てることの方が重要です。自分の置かれた状況をしっかりと吟味し、無理のないスケジュールに従ってトレーニングを進めていきましょう。

 

■睡眠と食事

1日の睡眠時間が8時間未満ならば、1週間のトレーニング時間は7~10時間に抑えるべきです。ベーストレーニングで週に10時間以上トレーニングをする場合、最低1日8時間の質のよい睡眠が必要です。週のトレーニング時間が15時間以上になると、ほとんどのアスリートは1日8~10時間の良質な睡眠が必要になります。体は寝ている間に成長ホルモンを分泌し、トレーニングで壊れた細胞を修復します。修復作業が増えれば、その分質のよい睡眠も多く必要になります。

回復機能は、ハードな練習やブレークスルー練習(BT練習)の直後に食事や睡眠をとることでも促進できます。練習後30分以内に栄養を摂取するのは、運動によって枯渇した糖質を補充するうえできわめて重要です。睡眠によって修復と再構築が促され、回復プロセスが促進されます。練習後に食事をとってから60~90分間の仮眠をとり、起きてからまた食事をとると効果的です。ハードな練習の後にこの食事と仮眠をとるというサイクルを、少なくとも週1、2回行ってルーチン化すれば、大きなトレーニング負荷にも対応しやすくなります。理想的には、このサイクルを毎週土曜日に実施したいところです。家庭の事情や他の用事などのために練習後の仮眠ができない場合、練習直後に回復を促す栄養補給を行い、その日は早く就寝できるように事前に計画しておきましょう。オーバートレーニングの最も一般的な原因は、栄養と休養の不足です。この状態は、「アンダーリカバリー(回復が不十分な状態)」とも呼ばれます。

 

■健康状態とストレス

病気や怪我に対処しなければならないとき、トレーニングの生理学的ストレスに対応するための体の修復能力は低下します。トレーニングによって破壊された体内の細胞や組織は、再構築されなければなりません。体が怪我や病気と闘っているとき、トレーニングによるダメージを修復するための力は限られます。病気や怪我のときは、トレーニングを控えて体が治癒に専念できるようにしましょう。ごく軽めの風邪なら、栄養と休養を十分とっていれば、軽めの回復走や Z2で短時間の走行をしても特に問題はありません。ただし、熱や胸の詰まりを感じたら、症状が消えるまでトレーニングは控えます。

日常生活のストレスも、トレーニングからの回復に大きく影響します。仕事や人間関係、金銭的なストレスが高いと、トレーニングから普段のようにうまく回復できなくなるアスリートはたくさんいます。なかでも影響が大きいのは、引越、転職、人との別れなどです。ストレスが多いときは、自転車に乗ることでストレスを高めてしまうのではなく、自転車に乗ることでストレスを発散するようにしましょう。計画しているよりも短い距離を、楽に走るとよいでしょう。体に与えるストレス(トレーニング、日常生活、環境からのストレス)の量と、体がそれに対処できる能力のバランスを保つことは、とても大切です。回復の基本は睡眠と食事です。ストレスが多いときは、意識的に休養を増やしましょう。

アスリートが置かれている環境も、回復に影響します。たとえば高地でのトレーニングは、海抜ゼロ地域での練習に比べると回復に時間がかかります。大気汚染や極端な暑さや寒さも、相対的なトレーニング負荷を高めてしまうことがあるために、回復を遅らせる可能性があります。これらの厳しい環境に体が順応していない場合は、特にその可能性が高まります。

厳しい練習の後には、体の免疫系にも大きなストレスがかかり、脆弱になります。私は選手に、激しい練習をした直後はできるだけ病気の人には近寄らないようアドバイスしています。また、ハードなレースを終えた後は、できるだけ長時間飛行機に乗るのは避けましょう。免疫系が弱まっているときに、狭いスペースで他人と一緒に長い時間を過ごすことで、病気にかかりやすくなります。機内の枕も使わないようにしましょう。私の経験上、航空会社はフライトごとには枕カバーを交換しません。自分の前にその枕を使った人が健康体とは限りません。また、風邪やインフルエンザが流行する季節には、特にスポーツジムでは頻繁に手を洗いましょう。

 

※この記事は、『ベース・ビルディング・フォー・サイクリスト』児島修訳・OVERLANDER株式会社(原題:『BASE BUILDING for CYCLISTS』トーマス・チャップル著・velopress)の立ち読み版です。『ベース・ビルディング・フォー・サイクリスト』は、『サイクリスト・トレーニング・バイブル(CTB)』を下敷きにした、1年のなかでも最も重要でありながら、最も理解されにくい時期でもある「基礎期(ベーストレーニング期)」に、どのようにトレーニングすべきかを詳しく掘り下げた好著です。■

 

著者紹介

トーマス・チャップル

ウルトラフィット・コーチング・アソシエイト。USAサイクリングおよびUSAトライアスロンで、公認コーチとしてエリートレベルの選手のコーチを行っている。1997年に専業のコーチとなって以来、指導してきた選手は、全米および世界のレースで優秀な成績を収めてきた。チャップルの指導した選手は、ハワイのアイアンマン世界選手権のエイジ別入賞やアマチュア部門での優勝、全米プロ/エリート・クリテリウム選手権の上位入賞、NORBA全米シリーズの年代別部門、24時間単独マウンテンバイク・レースの優勝などの栄光に輝いている。

トレーニングやサイクリング関連の定期刊行物、ウェブサイトに定期的に記事を寄稿。そのコーチングスタイルは、短期・長期の目標への到達を目指すトレーニングプロセスにフォーカスしながら、バランスと一貫性を重視していくというものである。選手時代は、全米レベルのダウンヒルのマウンテンバイク・レースや、地元のロードおよびトラック競技の選手として活躍した。詳細は、ウェブサイト(www.coachthomas.com)を参照。

 

訳者紹介

児島 修

1970年生。立命館大学文学部卒(心理学専攻)。スポーツ、ビジネス、ITなどの分野で活躍中。訳書に『サイクリスト・トレーニング・バイブル』(OVERLANDER株式会社)、『シークレット・レース』(小学館文庫)、『マーク・カヴェンディッシュ』(未知谷)などがある。